ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
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dipsky

Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

Email: dipskyjp@gmail.com

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帰国の訳
今週のNepalitimesで米在住のネパール人が書いた記事がかなり炎上している(参考:Nepalitimes)。単純に、ネパールは生まれ育ったところであり、将来必ず「帰る」という内容の短い記事なのだが、コメント欄が励まし&批判の両面で満ちている。近年の動向では、帰国するより外国定住を選ぶ者が多いので励ましがあるのだが、批判は彼女が上目線から書いていることや彼女が上流階級だから言えることではないかということに集中している。

私個人の帰国の理由もかなりこの記事に書いている通りだったので結構賛同している。10年半も日本にいたので、それなりに日本は暮らしやすいところだったし、たくさんの仲間がいる第二の故郷と思っている。ただ、ネパールは私のアイデンティティの根幹を形成している存在だし、家族や友人がいる場所なので「帰る」決意をした。

恐らく上で紹介した記事と私の帰国理由と違うところは、奨学金という名の社会的責任意識かもしれない。日本で勉強するために得た奨学金は、帰国する前提で(申請)提供しているところが多く、私個人の理解では10年間で得た様々な奨学金の返還義務は「帰国」することによって果たされると思っている。
もちろん、自分が勉強したことをネパールで活かしたい・教育分野の改善に役立ちたいという想いもあるが、この想いだけではなんもやっていけない。ネパールの教育分野はそれなりの合理的な理由で回っているし、それぞれの問題も社会の合理的な選択によって生じている。従来の合理的な選択によってできている構造を私一人が変えられるわけではない。私ができることは、現在の研究者としての立場から自分が学んだことを活かして問題を指摘したり、解決方法を提示すること。今後の就職分野によっては若干の変更が生じるかもしれないが、基本的には些細なことで個人が社会に影響を及ぼしていると思う。

近年では、留学生を日本の労働市場の国際化のために確保する動きもあるが、留学生にとっては日本企業で経験を積む良い機会だし、日本で暮らしたい・稼ぎたい外国人も多いので奨学金の目的も変わってきている。日本で暮らしながら、また将来的に祖国に貢献する留学生も結構多いと思うので別にこの傾向を批判していないことを注意して頂きたい。あくまでも、私自身の選択として日本の労働市場に残ることはその分ネパールでの労働市場から遠ざかり帰国を困難にすることを意味していたので、学位取得を「帰る」良い機会とした。

基本的には、個々人の些細な貢献・意識によって社会が変わっていくというのが私の理解である。
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