ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
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dipsky

Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

Email: dipskyjp@gmail.com

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つまらなくなったダサイン!?
11年ぶりのネパール最大のお祭、ダサイン。しかし、期待していた分、私にとっては久しぶりのダサインはつまらない。まだダサイン途中で、本格的に始まったのは本日からなのだがこの調子ではあまり期待できない・・・

どうしても自分が最後に祝ったダサインと比較してしまう。といいつつも、記憶があやふや。ただ、ダサインの代名詞であった凧揚げがまったくというほど今年はみられていないし、親戚で集まることも無さそう、おいしい物を食べるという子どもの楽しみは胃もたれ・食べ過ぎで苦しいだけになった。


ネパールの凧揚げはケンカ凧。相手の凧を落とすのが目的で、日本のように凧揚げて観賞するのとはちょっと違う。子どもの時は、ダサインが始まる前から学校をさぼってまで凧を揚げたり、ケンカで負けた(切られた)凧が自分の屋根に舞い降りてこないかとワクワクして一日屋根で待っていたもの。このような負け凧や一緒についてきた糸を新しく凧・糸を買えない子どもが再利用して地味にあげたり・・・とにかく、子どもは肌が真っ黒になるほど凧あげに熱中するのが私の子ども「時代」だった。
それが、今年はダサインが正式に始まって七日目の今日でも凧が空に見えない。恐らく、ダサインに入っても止まない豪雨のせいでもあるだろう。しかし、ずっとネパールに住んでいる友達に聞くと、確かに凧揚げは最近はしなくなった。
主に、高校までの年齢が凧を揚げることが多かったのだが、とにかく今の子どもは学校教育で忙しい。特に、私立教育が大部分を占めているカトマンズ盆地では、子どもへの管理や宿題が厳しい。精神的・体力的成長を考えて伝統的な凧揚げの重要性を分かっている学校は皆無に近い。凧揚げでも、その原理なり、待つ習慣、動体視力など、かなりためになることが多いと思うのだが、このような利点を考えて凧揚げの宿題を与えるよりも教科書重点のネパールの教育である。まぁ、宿題なんかまったく気にしていなっかた私だったが。笑
凧揚げの減少については、なんも学校教育だけが影響しているというわけでもない。別に一日暑いなかにいるよりも、涼しい部屋で漫画やゲームができる「箱」があるので、それに集中する子どもも多いと思う。確か、近くのゲーセンが満席だった。
大人は凧揚げより、賭け事のトランプや友達との集まりが楽しい。笑
さらにいえば、凧・糸の高騰や、以前のように高い建造物が少ない時はともかく、現在の混在した住宅事情のカトマンズ盆地では凧揚げも一苦労。なんだか様々な要因が凧揚げの減少に影響しているようだ。


親戚で集まることも民族によっては、結構違う。私の民族では、以前までは年配の方のうちでダサイン吉日にティカ(一般的には赤いが、ネワールの場合は黒)をもらう習慣があったが、集まる親戚の数が多く、年配のいる一家への負担が大きいので、デワーリの日にだけ親戚一同で集まるという年一回の行事に移行している。まぁ、11年ぶりだとなかなか話すこともなく、退屈だったりする。
しかし、近いところの叔父さんだったり、妻の実家から呼ばれたりしてそういう集いにはいかなければいけない。子どもの時は、おいしい物も食べられるし、友達とかもたくさんいたので楽しかったりしたのだが、今となればドーカンと出てくるご馳走を食べるのは一苦労。しかも、呼ばれる日が重なれば大変!!行かなければ怒られるし、行ったら胃袋がはち切れそうに食べなければならない。

さて、どうなるか残りのダサイン・・・

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