ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
プロフィール

dipsky

Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

Email: dipskyjp@gmail.com

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葛藤
気が付けば三か月もブログを放置していた。
自分のブログだけではなく、他人のブログの閲覧もあまりしていない。
久しぶりによくみているネパール関連のブログのいくつかをみてみたら
あまり更新されなくなったことに気付いた。
まぁ、働きだしてからブログに費やす時間よりゆっくりする時間が欲しい。
というわけで、ブログもTwitterもいみいち使っていない。
もう一つネパールらしい停電とネットが遅いという事情もあるのだが、
どうしても書きたい人はそのような阻害要因も乗り越えるだろうけど
そこまでして更新する理由もない。

それでも10年間日本語環境にいたわけで無償に日本語媒体で自分が考えていることを発信したり、
日本的な感覚とネパール的な感覚の葛藤を書きだしたいわけだ。
帰国して約1年半、だいぶネパール感覚がついてきたんだが、
どうもネパール的働き方や考え方を前に「日本だったら」と考えてしまう時がある。
もちろん、その「日本だったら」が必ずしも正しくないわけだし、
ネパールにはネパールらしいやり方があるし、もちろんそれを改善しなければいけない状況もある。

仕事をあまりにも非専門的に捉えている相手、しかし抱えている業務の壮大な野望。
正規の仕事を初めて約半年、このような葛藤をずっと抱いて仕事をやってきた。

幸い、職場のチームが協力して学び合えるところなので、その野望を果たせそうな気もする。
でもやはり何かが腑に落ちない。
なぜ変わろうとしない非専門的な相手を専門家に「育て」なければいけないのか。
そんな育成は可能なのだろうか疑問なのである。

「教育」はだれでも受けて育ったものなので、誰でも自分をそれの「専門家」に簡単になれると思っている。
特に、日本の謙遜文化で10年間教育を受けた私がいくら「博士」をとったとしても
さすがに人を教え育てる「教育」の「専門家だ」とはいい出せない。
しかし、ネパールの学校現場で働いている人間、誰もが簡単に教育の専門家と言い張る。
「就学率」「修了率」などが何で何を意味するかと言えないヤツまでもがだ。
しかも問題がこの定義や概念をわからないだけの問題ではない。
こういうものは単純な訓練で分かってもらえることだが、
「教育」をなぜするのか、どのような方法でするのか「自問自答」するレベルがあると個人的に思っている。
さらに、その自問自答を理論的に正当化して、それを行動に移すレベルがある。

このような様々なレベルに多少他人の助けを得ても良いわけだが、基本的に「自問自答」レベルにも辿りつかない人間がほとんどなので「行動の変化」には程遠い。単純に、「収入」のための仕事としてしか思っていないし、学校・教室で変化をもたらせようとはまったく考えていない「専門家」が現場で多すぎる。この行動変容に繋がらない理由として現場の多忙や組織の固まった体制があるのかもしれない。(学問的に研究してみるのも面白そうだが)
でもこのような状況で言えることは、教育開発の中心に「子ども」がいない、見えないということだけは確実だ。


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