ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
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dipsky

Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

Email: dipskyjp@gmail.com

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雑音
帰国して日ネ社会の一番の違いとして感じるのは、
生活空間での雑音の有無である。
日本に暮らしていた頃は、
まるで近隣に誰ひとり住んでいないかのように
物静かなのが一般的。
これは10年間、5回引っ越して思ったこと。

一方、ネパールは物静かな住宅地は私が知る限り
そうたくさんはない。
現在住んでいるパタン市内の住宅地は
とにかく雑音で溢れている。
(恐らく、カトマンズに行けばもっと活気づいている。)
子どもが遊んでいる声、
ラジカセでガンガン音楽鳴らしている音、
バイクや車のホーンなど。
とにかく、雑音で溢れている。

日本では、ラジカセで音楽を鳴らせるだけで、
近所迷惑で警察呼ばれそうだが、
ネパールではなぜかこのような雑音が生活の一部となっている。
意外とこのような雑音のなかで落ち着いてしまうのが不思議である。
なんだか、生きていることを実感するというべきだろうか。。。
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コメント
原体験
「生活空間でのさまざまな音の洪水。」懐かしいです。
昨夏、ネパールに居た時のことが、思い出されます。

確かに、現在の日本の多くの場所では、
近隣に誰ひとり住んでいないように
物静かなのが一般的ですね。

私が子どものころは日本でも、
子どもたちがむれ遊んでいる声や、
地上を走る電車の音、行商の呼び声など、
多くの音が町にあふれていましたが、
今ではそれも、昔の話です。

今の日本は、音に対する
寛容さがなくなっていますね。

ネパールでは、雑音が生活の一部となっている。
すてきなことだと思います。

「雑音のなかで落ち着いてしまう。」のは、
シャキャさんに「日常的に音を聞いていた。」という原体験があるからでしょう。だから、「そんな環境の中で、生きていることを実感する。」のでしょう。

異邦人の私も、ネパールの「生活空間でのさまざまな音の洪水
=雑音のなかで落ち着いてしまう。」のは、
シャキャさんと同じように、子どもの頃の原体験があるからでしょう。
[2011/06/05 00:12] URL | やかちゃん #- [ 編集 ]


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