ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
プロフィール

dipsky

Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

Email: dipskyjp@gmail.com

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

アクセス数

ご訪問ありがとうございます。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仏教、ネパール、マオイスト
先週から仏教入門講座に参加し始めた。やることは色々あるので、来年に持ち越すことを考えていたのだが、様々な偶然が重なり今年入学。まだ、入門の入門という感じの授業が多いが、大変面白い。今まで断片的に・経験的に得てきた知識を系統的に・理論的に教えてくれるのがその魅力だ。そしてずっと考えてきたネパールの様々な問題とも繋がっていく内容には目が点になる。

その一つが、仏教でも開発分野でも共通なのがカトマンズ中心であること。ネパール仏教として知られるのはカトマンズ盆地のネワール仏教であり、開発分野で政府や国際機関などが促進している「開発」もカトマンズ中心である。
ネパールの仏教を勉強する時に、北部地域、中心部、南部地域の仏教について勉強していくのだが、ネパール仏教として知られているのは中心部(カトマンズ)のネワール仏教。北部はチベット密教に近ければ、南部は南アジア特にスリランカやビルマ(現ミャンマー)の後押しを受けて広げられている(テラワディ)仏教らしい。
開発では政府や国際機関がカトマンズを中心に活動を展開している。すべての役所や国際機関の本部はカトマンズにある。

歴史を紐解けば、なぜカトマンズがネパールの全てであるかのように扱われるのかがわかる。遠い昔から、そして現在もネパール=カトマンズ盆地である。ネパール統一前からネパールと呼ばれているのはカトマンズ盆地であり、現在も村からカトマンズ盆地に来る人々は「ネパールに行く」という表現を使う。これは、まだ一つのネパール・ネパール人の形成に過去の為政者が成功していないということである。
さらにネパールの現在の権力を握っている階層構造をみれば、一部の人間が中心カトマンズに居座ってネパールの利権を独占してきたことがわかる。結果、現在それぞれの民族が「新たなネパール」で自分の権利が確立されるように連邦制を主張している。

この民族による連邦制を最初に提案したのはマオイストと言われている。そのマオイストのブレイン、バブラム・バッタライ博士が本日ネパールの第35代首相として選出された。前回のマオイスト政権での財務大臣として務めたバッタライ首相の斬新な政策やまじめな仕事ぶりのため、国内外でバッタライ博士の人気が大きい。
マオイストが灯した民族による連邦制の火は、もはやマオイストの手に負えないほど大きくなっているが、バッタライ博士のような有識者が首相になったということで、この問題をはじめネパールの和平プロセスが少しでも決着に向かうことを期待している。

先週の水曜日からネットの調子が悪かった。もともと接続が数日に一回ぐらいはとぎれとぎれだったので度々電話して直してもらっていたのだが、水曜日は一日中繋がらない。電話をしたら衝撃の一言「技術者が全員やめたので、接続が回復するかどうかわからない。別のところを申し込んでも良い」と。
ネパールではよく技術者と経営者の折り合いがうまくいかず、私営のネット会社がつぶれることがよくあるらしい。しかし、今回はどうやら事情が違かったみたい。今日の新聞でわかったのだが、ネットをとっていた会社がネットを通した不法国際電話(VoIP)に関わっていたのでネット会社としての免許がはく奪されたという。

まぁ、こんなことがあって、水曜日から新たにネット接続を得るために奮闘が始まった。いかんせん今週から、昨年から手掛けている教員交流ツアーがあるので連絡手段のネットがないと困る。
こちらのネット事情がいまいちわからないので妹や友達と相談し初期投資が安い国営のADSLに決定。木曜日の早い時間に申し込んだので金曜日から使える予定だったのだが、モデムの設定が合わないのかなかなかつながらない。ちなみに、ネット会社からはユーザー名とパスワード(実は両方とも同じだが、そんな説明はまったくない)が書かれたレシートのみ渡される。これを考えると、日本の丁寧に図表付+訪問設定はなんと贅沢なことだろう。
そんなことでネット接続が不安定。以前の会社のネットはおとといまで繋がっていたが昨日からはまったくつながらない。ADSLも設定が合わず繋がらなかった。

どうしようと参っていた昨日、妹の「友」作戦が始まった。すでに始まっていたというべきなのか。基本的にネパールの会社はサービス・センターを設けているのは少数なので、まず利用者である「友人」に設定方法や使い心地を確認する。ADSLをひくために私も妹もそれを使っている友人にまず確認。
昨日は私たちの設定だけでどうしようもならずパソコンに少々詳しい妹の友人に来てもらった。その友人が約1時間ぐらい彼の友人に電話をかけ、ネットの詳しい設定変更をしてようやく昨晩から繋がるようになった。

ネパールにおいて「友」がいかに重要か知らしめたできごとだった。ネパールにおいてあらゆることのサービスがよくないものの、その分人間関係の濃さが増す。煩わしいかもしれないが、それがネパールで生きていくためには重要なことである。


希望に満ちた国ネパール
本日高校の同窓会に参加。半分近くが海外留学・移住しているので実際に集まれたのは12人のみ。ある者は、企業の経営者で、ある者は流行りのオルガニック農場をやっている、またある者は技術者で大手携帯会社で働いているなどなど・・・皆それなりに成功している。ネパールに帰国した私に、ある友人からの一言でこの国も捨てたものではないと思った。「何か社会のためになることもやれよ!」と。もちろん、彼もそれなりにそれをやっているつもりでいるから言えることである。彼だけではなく、皆それなりに社会のために貢献しようとしていると感じた。

ネパールは問題山積みの国ということは言うまでもない。政局の混乱から今後の道筋がいまいちはっきり浮かんでこない。でも、「きっと大丈夫」と信じている。ネパールは希望に満ちた国だと言える。なぜなら、半分以上の国民はまだ25歳以下で、良き変革を求めている。

最近はSNS(FACEBOOK)経由で、今までバラバラにいた若者を一つにまとめることが進められている。リーダーもいなければ、政党の理念もない。単純にネパールという国を少しでもよくしたいということで集まっている。このようなSNSでつながった組織が政治家への圧力から公共の公園・橋の掃除までし始めている。このようなグループの根本的なところにあるのは、「私たち国民が自分の責任を果たしたのか!?」という問いであり、国民の大多数である若者がその原動力なのである。

まだまだ課題も多ければ、その分解決方法・改善もあるネパールなのだ!
男女役割の変化
ネパールは男尊女卑の社会としてよく知られている。
実際そうだと思うが、
近代化に伴って近年都心部を中心に
男女役割・地位に徐々に変化が生じている。

核家族・共働きが増え、
従来女性一人でやっていた家事労働に
男性も参加し始めている。

これが一つの証拠写真。
男女参画

10年ほど前まではこのような光景はみられなかった。
まぁ、水汲みぐらいはしたと思うが、
実際に洗濯まで男がすることはなかった。
でも、最近は家事の全てに男性も参加する家庭が増え続けているようだ。

それでも、社会全体で言えばまだまだ男女参画は程遠い。
暫定憲法ができてからよく内閣で女性大臣が少ないことが批判を集める。
私が覚えている限り、今までの暫定政権で女性大臣は合計10人を超さない。
(ちなみに、プラチャンダ政権から数えて恐らく100人ぐらいの大臣が誕生している。)
内閣ができるたびに、女性議員がよく内閣で33%の女性参加率を求めて抗議している。
一方、依然社会における男女間格差(給与・識字などの面で)は顕著である。

まぁ、都心部の変化を見る限り、徐々に良い方向へと進んでいることを信じたい。
うちの家庭で言うと、皿洗い程度なので、
もう少し手伝わねばと思う日々である。苦笑
世間体
「 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
(草枕・夏目漱石より)

先日日記のコメントを通して教えて頂いた一句。
帰国して、正にこのようなことを感じる日々である。

先日の講集団の集まりで、学位修得のお祝いパーティーが求められた。
何か祝い事には、自らパーティーを開くのがネパールの習慣。
日本的な感覚でいると自分の学位修得で自分のパーティーを開くのもおかしい感覚になるし、
あまり見栄を張るのも好まない性格なので拒んでいたが、
世間体には勝てないということを感じる今日この頃である。

「あぁ、やればこう言う、こうやればあぁ言う。」
ネパールの世間体を気にして親の強い要望があり、
明日の娘の誕生会と一緒にお祝いパーティーを開くことになった。
母方・父方の親せきが約80名(うち講集団約10名)
父の仕事関係と私の友人で20名、
妻の親せきが約50名で
参加者がおよそ150名の大人数!
自宅で開催困難なため、近くのパーティー会場を借りて、
料理などをケータリングすることになった。

これでも、一応しぼりにしぼった人数である。
結局、「私たちは呼ばれなかった!」という人がいるだろうし、
「誕生会でもパーティーするのか!」と言われるかもしれない。
世間体を気にしていたら、金も気も滅入るネパール社会である。

とにかく、娘の誕生会を楽しみたい!

日本では「無縁」社会がどうのこうの批判が集まっているが、
ネパールのような「豊縁」社会もかなーりしんどい。
結局、人間関係も「程良い」のがいい。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。