ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
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dipsky

Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

Email: dipskyjp@gmail.com

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日常に埋没した防災
数年以内に大規模の地震がネパールを直撃すると言われている。しかし、人々は近未来に起きるであろうこの大地震についてまったくというほど考えていない。まぁ、「なんとかなるだろう」という程度である。恐らく宗教的な考え方が影響しているかもしれない。「起きるであろうことは阻止できない。」だから、何十万人が亡くなると言われようとも防災準備をしない。行政の問題もあるが、耐震構造を配慮していない建物が増える一方である。目先の利益だけを考え、自然の力を軽視するのは現代人かもしれない。

ネパールに起きるであろう大地震は当事者であろう私たちのお茶の間の一話題しかなっていないのが現状である。行政・政治体制のせいにしてでその話題に決着がつく。
何か変えるには身近なところから。このようなお茶の間の話題で、日本帰国者として私は、防災に心がけるよう呼びかけている。基本的な薬品や何日か分の食糧を安全なところに保管するだけでも多くの命が救われるかもしれない。とりあえず、意識づけ。行動はその後について来る。

定期的に集まるグループで、防災に一定の備えをグループとしてやっていくことを提案をしたところ、全員一致。今後何かの形で、防災準備をしていくことになった。まだ具体的な案は決まっていないが、とりあえずそれぞれで防災のため薬品や日にちの持つ食糧を保管しておくことが決まった。

宗教観・「なんとかなる」という意識があるかも知れないが、防災にかかわっていく「きっかけ」が必要だったのかもしれない。そのような「きっかけ」に私がなれたことは何よりも嬉しい。

最近感じるのは、この国で行政・政治への不審が募り、国民自身がすべきことを模索し始めている。明日震災が起きる際、行政・政治が助けてはくれない。自分や家族を守るのは自分だけ。
差別社会
久しぶりの投稿。ツイッターは何だか飽きてきた。たぶん、皆に知らせたいほどのニュースがないからかも知れない。制憲議会の期限が近づくに連れ、面白くなるかもしれない。今のネパール政治は締切を待って暢気にしているといった感じだ。現在、議会で国家予算について審議中だが、一波乱ぐらい起きるかも知れない。
とにかく、ネパールで暮らしていると自分主体の意識に変わり、まず自分の身の周りのことが優先で、社会で起きていることなど自分の基本的な生活ニーズが充たされてから話せるものだ。電気、水、燃料など基本的な生活ニーズを確保するのに一苦労のネパールである。でも結局、社会問題が自分の生活に影響しているのは確かなのだが・・・

前置きが長くなってしまったが、以前から書こうと思っていたネパールという差別社会について若干思うことを綴っておきたい。というのも、本日あることがあって、この「差別社会」について強く認識させられた。まぁ、ブログで書けるようなことではないが。

ネパール階級社会であることはよく知られている。カースト制度が複雑に存在しており、法律的に禁止されているものの、慣習としては根強く残っている。都心部を中心に徐々にこのような慣習もなくなりつつあるのは確かだが、完全に無くなるまでは相当の年月がかかりそうだ。例えば、都心部では異カースト間の結婚は盛んであるが、結婚以降の親戚づきあいが悪化するケースが多い。また、異カーストとの結婚で葬式などを行う講集団から脱退しなければならないような民族もあったりする。
結婚と関係なく、日々の生活でできるだけ接しないようにする不可触民への差別や上位カーストから低位カーストへの差別についてはよく知られていることだ。
少し具体的に実体験を書くと、低カースト・地位の日雇い労働者にお茶を飲ませる際にまるで彼・彼女が非衛生的かのように専用コップを用いるとか、自分はミネラル水を飲んでいるのに、彼・彼女らには非衛生的な水道水を飲ませるとか、ごはんを食べる場所が違うとか・・・色々あります。
ちょっと年配の方だと、いくら若くても上位カーストの人に頭を下げる慣習もあったりする。僕も、先日60代ぐらいの方(知人)に、頭を下げられてかなり戸惑った。最初はびっくり仰天で本当に頭下げられているのかと信じがたかったが、二回目はしっかり挨拶付きで。彼からの「敬意」だそうだ。貴重な経験だ。都心部でこのような慣習であれば、農村部ではもっと厳格かも知れない。自分が上位カーストだから何!?と10年間の日本生活で思ってしまったが、多くのネパール人にとってはそれが重要なことを意味する。

軽くネパールの古典的な差別社会について書いてきたが、現在ネパールでは新たな階級が存在する。学歴だ。自分がどこまでの学校教育を受けたかが重要視されるようになってきている。例えば、先日やっと日本から全ての荷物が届いたのだが、受け取りの際、荷物の中身を学位を得るための本や日本で暮らしていた時の衣類と申告したらあまりチェックもせずに本は無課税(基本的に30冊以上は課税)、衣類は一着20ルピーぐらいで申告した適当な数で済ませてくれた。一方、同じような感じの荷物をあまり「学歴が高くない」しかも「女性」が受け取りにいけば恐らく全て詳細に調べ出来る限り巻き上げるだけ巻き上げるのが筋である。実際、そのような場面に出くわしたが、さすがに僕が彼女の学歴を知るわけではない。とにかく、自分が「学位」があるから優遇されたのだなぁと感じた。その他「学位」という名前を聞いただけで、「先生」といいながらペコペコしてくる人も少なくないネパールである。(ただ、僕の名前がニックネームっぽいので、「先生」と呼ぶのは結構大変そう。苦笑)

というわけで、なんだかんだ自分の専門分野に話がなってきてしまったが、結局「学歴」を得られるためには相当な資金が必要であり、現在のネパールの教育は従来の階級制度の再生産する機能を果たすように形成されていっていることを実感する日々である。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と日本でも言われているが、日本での最近の某大臣の騒動をみてもどうやら世界のどこでも人間自身が「上下関係」をつくって生きるのが心地よいみたいだ。



人材不足
雑誌の投稿記事を終え、ここ数日日本語関連の仕事の締切に追い込まれている。帰国してから二か月経った今の感触では、どうやら様々な分野で専門の仕事をできる人材が不足している。

現在、ネパール人口の半分以上が若者と言われているが、(正式な統計がもうすぐ出るが約6割が25歳以下と想定されている。)専門職に就いている人材はどれぐらいだろうか・・・まぁ、25歳以下なので、専門職に成れてない可能性も高い。

というのも、現在自分の専門である教育分野の募集が少ないので、日本語関連の副業をやっているのだが、翻訳・通訳という高いレベルが求められる仕事の人材が本当に限られていることに気付いた。おまけに英語と日本語ができるという条件が加わるとさらにその枠が絞られる。おかげで、自分の副業の方が商売繁盛の状態で良いのだが、全体的に教育分野を見渡してそのような人材がなかなか育たないのが現状。

日本語教育に関連しては、この間スピーチコンテストを見学に行って思ったのだが、日本語で高度なスピーチしようと思っている学生がそんなにはいない。実際、参加者がジュニアとシニアで12名のみという少なさに主催者が嘆いていた。日本語を勉強する学生が多くても、日本に行くための基礎レベルの勉強しかしない。日本に行ってしまう学生の多くは、就労狙いでまともに日本語の勉強をしないのがほとんど。結果、高い日本語力を持つ学生は奨学金を得て大学から日本語で勉強する学生に限られてくる。日本語力があっても、大学・大学院まで行っているのでそれぞれ専門分野があるわけで翻訳・通訳は私のようにあくまでも副業。まぁ、それだけでずっと食べていけるわけでもないのだが。

一方、私の専門分野の教育の方も人材不足と言われている。一部のベテラン教育学者が引っ張りだこで中堅層が少ない。若い人材を育てるためのシステムが脆弱だし、将来の人材を育てる教育学部がかなり軽視されていて、国家の基礎となる教育分野で十分な人材が育っていない。

なんだかこのように書いてみると分野に関わらず人口が若い上、十分人材育成の機会がないこと、さらに最近流行りの海外移住を考えるとネパール国内の人材不足も理解できる。




母は強し
よくネパールを訪れる日本人の方に
ネパールの女性は良く働くと言われる。
帰国してから私も改めてそう思っている。
身近にいる女性たちは結構働いている。
家事に育児、親の介護から農作業。
都心部であれば、働いている女性も少なくない。
それに、近年女性組織が活発であり、
訓練機会やら
企業やら、
女性組織の運営もあるし・・・
ネパールの女性はかなり忙しい。

特に、私の母親世代がそうである。
なんだか見ていると上にあげた活動全てに積極的に関わっている。
(まぁ、その他の活動がもっとあるのだが。)
パワーがどこから湧き出るのか不思議に思ってしまう。
私だけではなく母親たちのパワーには妻も仰天中。
妻は家事と育児でヘトヘトなのだが、
母親たちは朝から晩まで休む間もなく、
あっちこっち走り回っている!
持病もちの母なので、
今日はしばらく休むように言ったのだが、
これがなかなかできない様子。
今日も早速どこかへと出かけていった。

一方、男たちというと、
窓から外を覗いてみる限り
同じような雑貨店が並ぶ路地で
店番をしながらだらんとしている。
大した仕事がないからだと思うのだが、
博打とかしている暇があるのだなぁ、これが。
まぁ、仕事ないから博打をいている暇があるのか。

と、こんなことを書いている私も家で
引きこもっている。
一応、知識労働者なので・・・

しておく。



疲労困憊
木曜日の娘の誕生会後、疲労困憊で二日ほど体調がすぐれず
寝込んでしまった。
油っこい料理のせいだと思うが、
150人の相手はさすがにしんどい。
それに、ケータリングを頼んだ業者の監督不十分で
開始予定一時間前になっても椅子の配置とか全然できていないし、
開始予定時刻を過ぎても料理は出来上がらず。
まぁ、こういうのが普通のネパール。

なので、基本的に予定時刻になっても誰も来ない。
普通に1時間から2時間ぐらい遅れてくる。
でも、今回は時間厳守な方もいたので、
大した接待ができず残念。
それに、とにかく会場が汚かった。
急ぎで場所を見ずに決定したのも悪いが、
全体的に掃除が行き届いていなかった。
まぁ、これもネパールの公共の場では普通!
このことを事前に予想して二回ぐらい行って、
机の配置や掃除をお願いしたのに、
いつ行っても「休憩」。
監督者もいない。
仕事を終えてからいくらでも休憩してくれたら良いのに・・・
人を働かすのが大変。
言ったことしかやらないし。

まぁ、なんとか無事に宴会を終えた。
楽しむ暇なんかまったくありゃしないし、
久しぶりにあった親戚でもゆっくり話をする余裕すらない。
それでも、このような機会があるから親戚に会えるというのは
良いということだろうか・・・

しかし、なんだか呼ばれた人数が気に召さなかった
(家族全員ではなく夫婦二人)とか、
場所がよくなかったとか、
料理がいまいちとか、
文句も早速聞こえて来ているのがネパール社会。
でも、全員を満足させることなんかできないし、
文句の一つ二つぐらいを覚悟せずに、
ネパールではなんでもできない。


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