ネパールde浦島太郎
10年半の日本生活を終え、帰国した(元)留学生の記録。
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Author:dipsky
10年半の日本生活を終え、
ネパールに戻って参りました
シャキャ・ディプです。
専門は教育社会学ですが、ここでは
日々のネパールでの奮闘を記録しています。

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私立教育の弊害
まったくもってネパール語で文書を書くことを億劫に感じるのが最近の私の悩みである。
いや、私だけではなく、私立学校で勉強した多くの人びとの悩みと言っていい。
私立学校出身なので、交友関係も私立学校卒の人と多いのだが、
基本的にネパール語で文書を書けない者が多い。
話し言葉でさえ、民族語、ネパール語、英語、ヒンディ語混じりなのが普通。
中学校卒業試験の結果が圧倒的に私立学校の方が良いので、
有意に差異が表れるかどうか微妙だが、
私立学校の方が、ネパール語で得点が悪いはず。

ネパール私立学校は英語を売りにしているのが、ほとんど。
ネパール語以外のほとんどの科目が英語の教科書だし、
学校によっては完全英語方式で、
英語以外の言語を話すと罰金をする徹底ぶり。
もちろん、中産階級のレベルに合わせて適度の英語、
つまり、指導言語が英語とネパール語の混合形式なり、
教科書だけ英語で完全ネパール語で指導しているところもある。
(私はこの最後の類)

多民族国家ならではの問題や暗記教育も複雑に絡み合い、
ネパール語で文書を書けないネパール人を学校教育が生み出している。
もちろん、これは少数民族だけの問題だけではなく、
ネパール語を母語とする民族の問題でもある。

ネパール語で書けないとは言え、
徹底的に英語方式で教育を受けた者はともかく、
私立学校で教育を受けて英語のネーティブ並みに文書を書けるわけでもない。
それに、ネパール人大勢が英語を十分に理解できるわけでもない。
なので、結局自分が持っている情報・知識を共有するためには
ネパール語を用いるしかないが、十分それを伝えきる「言葉」にできないのは
なんともやりきれない無力感が残る。

教育制度・社会構造の問題なのだが、
これが個人の問題のせいにされるのが、
現在の「自己責任」時代。

とりあえず、「自己責任」だけには終わりたくないので、
やるべきことを最後までやってみたいと思っている。
つまり、苦しみながらも現在ネパール語で記事を書くことを
試みている。
うぅぅ・・・


暗記教育からの脱却へ
ネパールにおける暗記教育の背景(2)でも少し触れたのだが、別件で少し調べものをしていた中でネパールの暗記教育が脱却へ向かっているという具体例が出てきたので紹介しておきたい。

昨年から「日ネ教員交流」の実施を定例化しているのだが、その準備に当たって入手可能な材料を入手し、分析を進めている。

その過程で教員でさえ、”入手困難”な(苦笑)教員読本(第4学年、理科)を入手できたので早速みてみたのだが、かなり児童中心的な内容であることを発見した。(ネパールでは公立学校の教科書さえ、時間通りに入手困難になっていることが問題となっている。)
まぁ、政策文書や報告書などですでに読んでいたので、当然と言えば当然なのだが、その児童中心ぶりにかなり驚かされた。いかんせん、全て丸暗記の世代なので!

とにかく、「教員読本」の内容をみる限り、
できるだけ児童に教えたいことについて議論させたり、
区別させたりする児童参加型な内容。
おまけに、実際に生活周辺を観察してモノを収集したり、
簡単に入手できる材料で実験させることを勧めている。

この「教員読本」は2010年発行なので、現在はこのような方法で公立学校の理科は実施されていることになる。

すでに、昨年度から第7学年まで自動進級制度を導入し、期末試験ではなく定期的な評価方法が導入されている。

この教え方+評価方法の変化からわかるように徹底的に、暗記教育からの脱却が目指されている。問題は、丸暗記世代の教師が新たな児童中心主義の教え方に適応できるかどうかとなってきそう。
ネパールにおける暗記教育の背景(2)
ネパールにおける暗記教育の背景(1)では、
その現状と弊害をNepallifeさんの記事をもとに説明した。
この記事では、具体的にこの暗記教育の背景にある要因について
少し掘り下げておきたい。

教育は教員なり!?
教育は教員によって成り立っている。
(もちろん、そのほかカリキュラムなど重要な要素もあるが)
ネパールが近代学校教育を始めたのは1950年代から。
紆余曲折があり、実質的に「民主的」な学校教育が始まったのは
1990年からと言っていい。
このような状況があり、十分な教員養成ができておらず(また政治的任命があるため)
ネパールでは質の良い教員不足が深刻である。
現在、公立小学校の約5割が中学校卒。
しかも、そのほとんどが中学校卒業試験(SLC)で6割以下の得点を獲得している者。
それに、彼・彼女らへの現職訓練は不十分。
最近になって、漸くほとんど(98%)の教員に10か月の現職訓練が
施されたが、それが実際に教室に使われている形跡は50%しかないという
研究結果が出ている。
訓練不足の教員にとっては、教科書のままの暗記教育をした方が「楽」である。


学歴主義:SLC中心の教育
しかし、必ずしも「楽」だから暗記教育に重点を置いているわけでもない。
学歴主義と評価方法が複雑に交わり、このような暗記教育につながる一要因になっている。
ネパールでは、中学校卒業試験(SLC)が「鉄の門」と名付けられ、重要視されてきた。
確かにSLCの結果で人生が左右される。
SLCで6割以上得点しなければ、社会で成功するエリート職にはつけない。
(例えば、エリート職とされる医者・エンジニアの理系に入るには
6割以上の得点が求められる。最近は、得点だけではなく経済力も問われる。)
そのため、初等教育の段階からこの試験を意識した教育に重点が置かれる。
徹底して、暗記の訓練が毎日の授業や毎年3・4回の試験を通して行われる。
SLC試験ではいかに教科書通り一字一句を書いているかが重視されており、
余計に暗記教育への重点が高まる。
(だから、カンニングもかなり存在する。)
なので、私立学校でもSLCでの好成績を目指した暗記教育へ重点おいている。
(ちなみに、私立学校の教員は学力が明らかに高い・訓練を十分に受けた教員でもない。)


「間違った学力主義」
おまけに、「間違った学力主義」が社会に根を潜めている。
というのは、学校に行く→読み書き計算ができるというのは
もちろんのこと、いかに「難しい」ことを学校で勉強しているかを
重要視している。子どもの発達段階について、親も知らなければ
十分把握している教員も少ない。
特に、このような発達段階の無視は、私立学校において深刻である。
少なくとも、公立学校では全国カリキュラムでいくぶんこれへの配慮がある。
私立学校では、親の要望というより、親へいかに「私たちの学校はちゃんと教えています。」
ということをアピールして、幼児教育(3・4歳)の段階から
ネパール語・英語の文字を徹底して詰め込まれる


今後の展望
問題山積のネパール式暗記教育だが、実はこのような段階は近代教育を始める過程でどの国も直面すると思う。
ネパールでは、近代化が遅れており、様々な問題がいっきに由来しているだけである。
援助団体の要請もあり、実はすでに児童中心主義への移行が促進されている。
(また、都心部の中産階級以上では高価なモンテッソーリ教育もかなり人気。)
教員への訓練もかなり児童中心主義に重点おいている。
また、教員の質向上のため、現在、中卒ではなく高卒が初等教育の教員になる要件にしている。
さらに、暗記教育を温存するSLCを2015年までに高校卒業試験に変更し、
暗記中心の教育からの脱却を目指している。

ネパールにおける暗記教育の背景(1)
ネパール関連のブログをいくつか徘徊しているが、
そのうちの一つNepallifeさんの中で、
ネパール教育の現状を示す面白い記事をあったので
ここでネパール式暗記教育その背景を少し説明しておきたい。

ネパール式暗記教育の弊害とは」の題名で書かれているこの記事の
なかで正にネパールが今苦しんでいる暗記教育について
Nepallifeさんの経験を面白く描写されている。

_______________

先生が言う→生徒が真似る
先生が書く→生徒が真似る
先生が解く→生徒が真似る
・・・・・・・・・
というように、先生が教えたことをそのまんま一字一句たがわずに言えたり書けたりすることが教育の目標なのである。
内容を理解できているかどうかなど、大した問題ではない。
教科書や先生に間違いがあっても、それをそのままコピーできればOK。
逆に、先生の間違いを指摘しようものなら、その子は白い目で見られ、ダメな子の烙印を押される。

_________________

まさに、その通り。
とにかく、ネパールの公立学校も、
私立学校も暗記教育が主流。
私自身も過去に教員に暗記ではなく説明を求め、
否定された・辱められた経験があり
現在私は教育分野にいる。

ネパールの場合は、単純に暗記教育だけというよりも
様々な問題が複合している。
例えば、Nepallifeさんが例に挙げた
息子さんの理科の授業の話は、
暗記教育だけではなく、
カリキュラムの非整合性問題とともに、
実際に身に付いたかどうかということより
どれぐらい身についたという「間違った学力主義」
また、初等教育段階から
中学校卒業試験(School Leaving Certificate/SLC)の
突破に重点をおいた学歴主義教育が背景にある。

_____________________________
私の長男まっくんが小学一年生の時に通っていた現地校では、理科の授業で「宇宙」を扱っていた。(言語は英語)
彼が学期末に持ち帰ったスケッチブックを見て私の目は点になった。
太陽を中心に、水金地火木・・・の9つの惑星とその周りを回る衛星の図を彼が描いていたのである。
別の画用紙には、様々な種類の銀河(渦巻き状銀河、棒状銀河など)などの絵が説明と共に書かれてあった。

「まっくん、・・・・これ何書いているかわかる?」
「うん、ギャラクシーだよ。」
「ギャラクシーって、なんだかわかる?」
「・・・・わからない。」
「・・・・・だよね。」

小学校一年生が宇宙に関して学校で習うことって、日本ではせいぜい、「さあ夜の空を見上げてみよう。大きい星や小さい星・・・」くらいなもんじゃないか。
まっくんは、ちゃんとそれぞれの銀河の説明文を一字一句間違わずに書けたので、先生に褒められ得意げであった。
_______________________________


このネパール式暗記教育の弊害についても、
Nepallifeさんからおもしろおかしく挙げて下さっている。

__________________
しかし、このネパール式暗記教育には重大な欠陥がある。
これは私から見ればもはや致命的と言っていいくらいだ。

それが何かと言えば、想像力や独創性が育ちにくいことである。
考えてみれば当たり前のことだが。
もうほとんどのネパール人が抱えている問題だといってもいい。
___________________

Nepallifeさんの記事では、ご自分のNGOの話や
現在実施されている英語教室の例を出している。
詳しくは、Nepallifeさんの記事の一読をお願いしたい。

恐らく、外国人また海外で何年間暮らしたことがある
ネパール人が一番最初にこの問題に気づくと思う。
経営に携わる友人から、「言うことしかやらない」
ネパール人の話をよく聞くし、
実際に自分がそのような方と出会うことも多い。
ただ、私が知る限り、このような実情を明らかに
する客観的なデータは存在しない。

しかし、ネパール式暗記教育がこのような
国民性を形成しているのはあまりにもよく見聞きする話なので
間違いなさそうだ。
(続く)

教育NGOよ、もっと質に重点を!
先日Room To Read関西で主張した内容だが、
ネパールに帰国して、
また、こちらのNGOの現状をみていると
改めて、教育NGOが質に重点すべきと思う。
今日はちょうど韓国系のあるNGOに面接を受けて
きたので、余韻が残る中でこのことについて綴りたい。

日本もそうだが、韓国系の教育NGOも基本的
奨学金や学校建設に重点をおいている。
奨学金や学校建設が悪いと言っているのではないが、
基本的に教育のアクセス改善または
公正の問題(社会的に学校教育に参加しづらかった層を学校にきてもらう)
ことに集中している。

しかし、すでにネパールではアクセス面・公正面(質の公平性には問題があるが)
は改善してきている。
例えば、ネパール全国平均で言えば、一校あたり約150人の生徒しかいないし
(もちろん、それなりのばらつきがあるのでそれにどのように対処するかという課題はあるが)、
カーストや民族に関係なく9割以上の子どもが学校に通い始めている。

そもそも公教育は無償という方向に進んでおり、
教育を受けるための奨学金」は不必要になってきている。
(現在奨学金を継続している団体は、
勉強する際の機会費用つまりその時間で稼げる費用を補っているにすぎない。)

ただ、根本的に学校教育を受けて身につくべき基本的な読み書き計算や社会規範が習得できていなければ意味がない。もっと広くいえば、質の良い教育を公教育で提供することが、公教育に通わせる上で基本的に確保されるべきところである。

質の確保が政府の義務かもしれないが、
学校やそれをサポートしているNGOにできることの方がたくさんある。
森を豊かにするためには、一つ一つの木を立派に育てなければいけない。

その一つ一つの木をどのように立派にするのか考えなければならない時期にネパールは来ている。
子どもがかわいそうだからお金(奨学金)をあげようではなく、
自分の子どものように立派に育てる愛情・知識が必要な時期である。
キレイな建物ではなく、キレイに保つ秘訣をあげる時期にネパールは来ている!

NGOにはそのような知識が集結すべきだと私は思う。
そしていずれNGOが無くなり、
住民がその代役を果たせられることも考える必要があると思う。



具体的な質改善案は、自分で実践できる環境にいることになれば、
検証付きでこのブログに公開して行こうと思う。笑
賛同して雇ってくれる団体あるかなぁ・・・笑


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